【島原大変肥後迷惑】津波の痕跡を探しに行ってきた〜熊本市立小島小学校〜

日記

こんにちは。手がパリパリくらりんです。

以前、江戸時代に発生した大災害『島原大変肥後迷惑』の津波がきた痕跡を探しに熊本へ行ってきた話をしました。

その時の記事はこちら↓

今回がシリーズ最後(たぶん)!
熊本市立小島小学校の校門前には、津波溺死者供養塔があります。

ザ校門にある

横には「寛政四年四月一日〜」と途切れ途切れではありますが、解説が書かれています。

宇土・飽田・玉名での被害について主に記載されているようです、溺死者数は読み取れませんでしたが、流出家屋は「二千二百余」と読み取れました。

先日はトンガにある「火山島フンガトンガ・フンガハアパイ」が噴火して、周辺では地形が変わったことによる(と思われる)津波も発生しています。
火山性津波については、いつ・どの程度の規模で発生するか分からない怖さがあります。
島原大変肥後迷惑の時に多くの供養塔や、石碑が建てられました。今を生きる火山が好きな者として、その存在を後世に伝えていかねばと感じます。

場所はこちら↓

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